業界には業界の「筋」「メンツ」「正義」がある

業界の対人行為のイメージ

本稿では

音楽、俳優、お笑いなど、大きな意味での芸能界を、ここでは「業界」と括ることにします。
また、各ジャンルのエンタテイナーたちを、ここでは「タレント」として括ることにします。

人間関係って、気を使いますよね。友人同士や家族だってチョットしたことで摩擦が生じますし、職場なら、より神経質になりそうです。
しかし、ムッとされる、注意される程度で、人間関係が破綻することは稀でしょう。

では、業界だったら特にどんなことに気を付けるべきなのでしょうか?
ほんの些細な行動ひとつで、人間関係の崩壊を生むことがあります。

それは「普通だったら許される」「そこまで目くじらを立てることではない」「ましてや法律には抵触していない」・・・のかもしれません。
しかし業界では絶対にやってはならない、致命的な対人行為のNGがあります。
それは、一般のモノサシからは、共感できない理屈かもしれません。

「え?そんなことで、そこまで怒る?」
私は人に何度も、そう思われてきたと思います。私も若い頃は、上の怖い人から襟首をつかまれながら同じこと思ったものです。

でも業界には、業界なりの「筋」「メンツ」「正義」があります。それを理解せずして、業界に足を踏み入れるべきではない。

なぜなら、人が人の才能を育て、人脈につなげて、収益を得るビジネス構造だから。
ことマネジメントビジネスは、もとより脆くて壊れやすい信頼担保の上に仕事が成り立っていることが多く、故に繊細でナイーブ、という背景があります。

だからこそ契約書という存在が欠かせませんし、万が一契約を破られる可能性があるとすれば、心臓に刃を突き立てられるほどのリスクを感じます。
その「むき出しになった」、超敏感なある領域を侵されそうになると、業界の人は激怒するかもしれません。

今回は業界の対人関係で「これやっちゃダメ」のNG行為を3つ紹介します。

本記事を読むべき人
  • これから芸能の世界を目指す人
  • 業界で起こりやすい対人トラブル事例を知っておきたい人

【筋】紹介してくれた人をすっ飛ばして物事を進める

人を紹介されるときにやってはいけないこと

梯子を外されたAさん①

ある会食の席。
「プロデューサーのA」の紹介で、「ボーカリストのB」と「ギターリストのC」が引き合わされました。

Aさんはこう考えたわけです。
「BとCなら、性格も合いそうだし、活動にくすぶっている2人の起爆剤になるかもしれない。組ませてうまくいきそうならユニットにして、D社長にプレゼンしてみようかな」

案の定、BとCは意気投合し、LINE交換。
Aは会計を済ませ、二人を売り出す戦略をあれこれ考えながらタクシーで帰路につきました。

1か月後、Bから電話がありました。
「Aさん、紹介してくれたCと作った曲が、Eプロデューサーっていう人に気に入ってもらって。そっちでお世話になることにしました。ありがとうございました!」

だとしても絶対にあってはならないこと

Aさんからしてみれば「え!?ちょっと待て!」ですよね。
BとCを呼びつけて怒鳴り上げるか、本心と裏腹に「良かったじゃん」と痩せ我慢するのか、それはAさんの度量にもよるでしょう。
(むしろ後者の方が、BとCにとって、先々恐ろしいことになるかもしれませんが)

客観的には、笑い話に聞こえるかもしれません。
また、下記のようなツッコミも入りそうです。

  • 引き合わせの意図を、BとCに明確に伝えておかなかったAが悪い
  • Aはそんなことで怒るくらいなら、BとCにLINE交換をさせなきゃよかった
  • 1か月も放置しておいたAが悪い
  • 若者たちがチャンスを掴んだんだから、Aは応援してやれよ(心狭いなぁ・・)

否!だとしても、これは業界では絶対にあってはならないことなのです。
本件は「Aさん在りき」の話。BとCの行為は、法律が許しても、筋が許しません。

紹介受けるって重いこと

このケースにおけるBとC。今後「二人の活動に関すること」は、些細なことでもAさんに経過報告を入れる義務が生じると心得てください。

  • 「Cと曲つくろうと思うんですけど、できたら聴いてもらっていいですか?」
  • 「Eプロデューサーっている人が会いたいって言ってきてるんですけど、Aさんついてきてもらえませんか?」

こういうコミュニケーションすら取れない人、メンドくさがる人は、そもそも向いてないですね。
人から人を紹介されることを軽んじてはなりません

いずれにせよ、このケースでA、B、Cの人間関係においては、すべてAさんの土俵です。それを、BとCはあらかじめ認識しなければならない。
もとよりAさんの土俵が気に食わなかったのだとすれば、そもそもBとCは相互に音信をとってはなりません。
Aさんを外したい理由が後から出てきたのだとすれば、BとCはどんなに意気投合していてもミュージシャンとして組むべきではない。

許容する「前例」は作れない

わが社ミュージックバンカーでも、社内で引き合わせた人たちが、平気で筋を切り裂いてくるケースは過去に何度もありました。

最悪な例だと、「ユニットとして活動させていたメンバーが一斉に辞め、そして同メンバーはこっそり外で活動を継続させていた」など。

ここでは、それ自体が「問題行為だ」と非難するつもりはありません。
契約違反であることは間違いないが、事務所に不満があったり、希望が持てなかったり、何かしら理由があったはずで、わが社が反省すべきことも多くあったことでしょう。

しかし、たとえわが社に非があったとしても、「ココで引き合わせた人たち」が、「ココを去り」、「わが社を外して同じメンバーで活動を継続する」ことは許容されるべきではありません。

一般的、客観的には、「人間関係の抑圧ではないか」と非難されるかもしれませんね。
でも残ったタレントたちの気持ちを考えると、こういうことを許容する「前例」を絶対に作ってはならないのです。
これがまかり通ってしまうなら、マネジメントの根幹、言うなれば秩序が崩壊するから。

事務所には事務所の筋があるのです。

【メンツ】関わってくれた人たちの顔を潰さない

悲しむプロデューサー

梯子を外されたAさん②

先ほどの話に戻りましょう。

会食の日以降、Bから連絡があった日まで2か月あったわけですが、実はAさんは何もしていなかたったわけではありませんでした。
各方面にプレゼンテーションするため、色々な場所に足を運んでいたのです。
作曲家との会食、ライブハウス、D社長のオフィス、ラジオ局など。

まだ何も形になっていないうちから、少し勇み足だったかもしれません。
しかしBとCのユニットが、どんな方向性でコンセプトを作っていったらよいか、今のうちから事前調査と根回しを行いたかった。

売れるアーティストというものは、本人たちの思い付き、思い込み、行き当たりばったりで成せるものではありません。
「今みんなが求めている」アーティスト像を形にすることです。
世の中のすべての新商品と同じで、音楽もマーケティングが重要。そしてAさんは、多くの関係者からプロジェクトの事前賛同を得るべく協力者集めをしていたわけです。

・・からのBからの電話。
Aさんは、(無邪気な)BとCから意図せずに裏切られただけでなく、プロジェクトが頓挫したことで、業界内で恥をかくことになりました。

「もっと早くに契約書を巻いておけばよかった…」(Aさん談)

信用担保が心許ない話

少し横道に逸れます。Aさんが後悔した契約書の話から。

事務所がタレントとマネジメント契約を結ぶ理由は、タレント側に比べて事務所側の方が圧倒的にリスクを抱えることになるからです。

もとより他人なのに、信用なんていう担保はあるはずも無い。タレントを売り出すために一生懸命動いたり、費用をかけたりしても、その過程の中でいつ裏切られるか分からないのです。
そのため、せめて契約書という形でタレントの手綱を握っておこうとするのは、当然の行為です。

ちなみに、近年はタレントと事務所の係争が流行っているようですが、契約書自体が無効となる判例も出ています。
事務所(法人)はタレント(個人)より強い立場のはず、という前提に立っての判決ですが、実情は真逆。タレント側の「解釈のすり替え」に怯えている事務所はとても多いです。

契約書ですら「守る盾」として心許ない状況下、信頼の担保をどうやって確保しなければならないのでしょうか。
タレント側が守られる風潮になった結果、相対的に事務所のパワーが落ち、タレントに投資しにくくなって、売れるタレントが輩出できないという皮肉。
界隈で、よく聞く話です。

代わりが利かない存在である自覚

さて。
今回Aさんは金銭的な損失は少なかったと思いますが、メンツがつぶれたことにより、人脈が傷ついたことは言うまでもありません。

将来、別の新たな才能「F少年」と出会った際、かつてBとCに裏切られたトラウマを抱えながら、Aさんは同じように根回しできるのでしょうか。

まあ、Aさんならできるでしょう。
でも「また恥をかかされるかもしれない」と懐疑的なやりにくさを抱えながら、F少年の売り込みはトーンダウンせざるを得ないと思います。

かく言う私も、何度もメンツを潰されています。
一番ひどいと思った事例は下記。

「妊娠しましたので続けられません」

仕方ないか、で済む段階なら、「すみません」で済むかもしれない。本来なら「おめでとう!」と言いたいところですが、当事者としてはたまったものではありません。

社外の人や取引先から、下記のように詰め寄られるのは、タレント本人ではなく、事務所なのです。

  • 「例の番組、キャスト決定しているのに困るよ」
  • 「彼女のプロジェクト、上に通しちゃったよ…どうしてくれるの?」
  • 「ちょっと待ってください!ポスター1000部発注しちゃいましたよ」

たとえ契約書が担保になっていたとしても、(本当であろうがウソであろうが)心身不調や妊娠を盾にされてしまったら、言葉を飲むしかできません。

通常は条項の中に、そういった言い訳を封じる文言が記載されているものですが、もしそれを振りかざせば、世間が黙っていないでしょう。
また損害賠償を請求することはできても、実際回収できるかどうかは別問題。

あなたは自分以外に代わりがきかない存在を目指したいから、業界に入ったはずです。
であれば、タレント側は、自分都合の行為が、どれだけ多くの人に迷惑をかけるのか、重々承知しておく必要があります。

自分に関わってくれた全ての人の顔を潰さない、これが最低限のマナーです。

【正義】前の事務所からクライアントを盗むな

クライアント泥棒

事務所を辞めた後、現場で知り合ったクライアント担当者と、直接取引して仕事を得ようとする人がいます。
これは許されることなのでしょうか?

私はこう答えます。

「許されません、倫理的に」

事務所を辞めたタレントが仕事を干される話、昔からよく聞きますよね。最近では、個人に対する妨害行為だとして、元事務所に批判が集まることもあります。

でもこれって、誰かが意地悪して、何かを意図的に操作していることなのでしょうか?
実際はそんなことは少ないと思います。
事務所を辞めたタレントが干されやすいのは、人為的な行為によるものではなく、自然の摂理なのです。

忖度するのが普通で何が悪い?

大手・老舗のパワーを持った元事務所が、辞めたタレントやテレビ局に「圧力をかけた、かけてない」といったトピックはよく耳にします。
しかしほとんどの場合、どちらにせよテレビ局側が、「事務所を辞めたタレントは起用しない」と忖度するのが普通です。

なぜなら、取引先との関係を悪くしたくないから。
「この人を使いたくないから、使わない」…ごくシンプルな理屈であり、それを外から非難する権利は誰にもないはずです。

キャスティング案件というものは、タレントありきの前に、事務所とクライアントとのBtoBコネクションが前提にあってこそ成り立つものです。
元々のパイプにヒビが入るリスクを冒してまで、ひとりのタレントにこだわる筋合いはない。
事務所を自ら辞めてフリーとなったタレントを、安易に起用しないことは、業界の当事者たちの正義なのです。

御社を辞めた○○から直接売り込みが

わが社のような中小プロダクションでは、テレビ局から忖度を受けるような立場にはありませんが、それでも準じたケースはあります。

たとえば、映像案件やナレーション案件、舞台やイベントに関する取引先などから連絡が。
「御社の在籍だった○○さんから直接売り込みあったんですが、どうしましょうか?一応、お耳に入れておきます」

対応はケースバイケースですが、いずれにせよ「あまりイイ気分はしないですねぇ」という旨は率直に伝えるようにしています。
なぜなら、こういう話も倫理的にNGだからです。

たとえばこれまで、○○さんは、事務所にマネジメント手数料を引かれているか、エージェント契約なら手数料を支払う立場だったわけです。
フリーになった○○さんが、事務所のクライアントから直接仕事を引っ張ることができれば、かつての事務所手数料分が、本人丸儲けとなりますよね。

でも事務所の立場からしたら、売上と収益を横取りされた気分になりませんか?
タレント自身が、自分で一から開拓したクライアントであれば、何ら問題ありません。
しかし「それってウチ経由でつないでいた案件だよね」に対して、「僕は辞めたんだから関係ないじゃないですか」と、本気で抗弁するつもりですか?

コネクションの横取りは、明らかに盗難行為です。
モノや現金ではないので、法的な話ではありませんが、マネジメントビジネスの根幹に対して致命的なダメージになり得るもの。死活問題です。

もちろん、クライアント側も業界と近い所であれば、「何が正義で何が悪か」が分かっているので、タレント自身からの直接売り込みを受け入れることはあり得ないはずです。

事務所との関係を清算したら、その事務所の関係者や取引先とは、直接コンタクトを取ってはなりません。ましてや自らの売り込みをするなど、もっての外です。

今回のまとめ
  • 誰かに誰かを紹介されたら、紹介してくれた人を最後まで立てよう
  • 自分都合の申し出は、相手はもちろん、更に向こう側の人の顔も潰す
  • 事務所を辞めたら、仕事まわりの人間関係は清算しよう

今回は人間関係に関わる繊細な問題なので、反対意見も多いかもしれませんね。
しかし、業界の成り立ちや構造も理解せずに、たとえば労働基準法を当て込んでみたり、一般通念上のモノサシを持ち込んでみたりしてはならない。
なぜなら芸能ビジネスの分野は、モノやサービスではなく、人間そのものが商品価値となる極めて特殊な世界だからです。

たとえば、時間もお金もかけて育てたタレントが、自分都合で辞めるリスク。
ほかに代わりの利かないタレントが不義理を働けば、自社だけではなく社外にまで迷惑がかかるリスク。
それによって、他の在籍タレントたちの進路も閉ざされる可能性もあります。

業界での対人行為は、一つ間違えると、予想以上の人たちに悪影響があることを肝に銘じてください。